奇跡的な復興を遂げたルワンダ

今でも語り継がれる「アフリカの奇跡」と言う驚異的な復興を成し遂げた中部アフリカの一国「ルワンダ(ルワンダ共和国)」。面積は2.63万平方キロメートル、人口1,230万人(2018年,世銀)、首都はまさに同国中央に位置する「キガリ」。多数派のフツ族と少数派のツチ族,ほかトゥワ族という民族構成。公用語はルワンダ語と2009年追加となった英語(フランス語に代わって教育言語になる)。ほかフランス語,スワヒリ語。キリスト教(カトリック,プロテスタント)を主体とし,イスラム教が存在。15世紀頃までルワンダ王国として、1890年ドイツ保護領、1916年ベルギー軍侵攻・占領で1922年ベルギーの委任統治領に(一部地域)。1946年ベルギーの信託統治領(一部地域)を経て、1961年国民投票で王政が廃止され、カイバンダ初代大統領が就任。1962年ベルギーより独立を果たすも、この時点で既に多数派フツ族と少数派ツチ族の確執は存在していたのが、独立を期に表面化。1973年クーデターによりハビヤリマナ大統領が就任し、1990年RPF(ルワンダ愛国戦線)がウガンダから侵攻。1993年アルーシャ和平合意成立。ところが、国連が停戦監視を任務とするUNAMIR(国連ルワンダ支援団)を派遣するも、1994年ハビヤリマナ大統領暗殺を契機に,フツ族過激派によるツチ族及びフツ族穏健派の大虐殺が始まり,同年7月までの約100日間の犠牲者は50~100万人という、いわゆる「ルワンダ大虐殺」が始まったのです。同年RPFが全土を完全制圧し、ビジムング大統領(フツ族),カガメ副大統領(ツチ族)体制へ。この時,民族を示す身分証明証を廃止するなど、国民融和・和解のための努力を行った結果、いわゆる「アフリカの奇跡」と呼ばれる奇跡的な復興へつながっていきました。その後は2000年カガメ大統領が就任。2003年国民投票による新憲法制定後、同年大統領選挙でカガメ大統領が再選され、2007年EAC(東アフリカ共同体)加盟。2003年上院・下院議員選挙で与党RPFが勝利し、さらに2008年の下院議員選挙でも与党RPF勝利。2009年コモンウェルス(公益を目的として組織された政治的コミュニティーと解されている)加盟。翌2010年大統領選挙でカガメ大統領が再選され、2013年下院議員選挙でも与党RPFが勝利し、2015年国民投票による憲法改正で、カガメ大統領が2017年の大統領選挙に立候補可能となり、同年の大統領選挙でカガメ大統領が再選を果たし現在に至っています。